発願の1番から、結願の88番まで
霊場会の案内によると、讃岐の屏風ヶ浦(いまの香川県善通寺市)に生まれた弘法大師は、四国でたびたび修行を重ね、88の寺などを選んで霊場を開いたと伝えられます。大師の足あとをたどる旅は、平安時代の僧や修験者に始まったとされます。平安時代の終わりから鎌倉時代にかけては、西行や法然、一遍も四国を訪れたと伝わります。江戸時代になると、遍路は一般の人々にも広がりました。
聖地へ行って帰ってくる巡礼とは違い、札所をつないで四国を一周する「回遊型」の道です。遍路は白衣に菅笠をつけ、金剛杖を手にします。杖は弘法大師その人とされ、ひとりで歩いていても大師と連れ立っている。それを「同行二人(どうぎょうににん)」と言います。
遍路を迎える側の習わしが「お接待」です。道沿いの人々は、歩く人に食べ物や飲み物をふるまい、迷った人には道を教え、お金を取らずに泊める「善根宿(ぜんこんやど)」を開くこともありました。この習わしはいまも続いています。橋を渡るときは杖を突かずに歩く、という習わしもあります。大師が橋の下で夜を明かしたという言い伝えから、その眠りを妨げないためです。
結願しても、ふたたび札所へ向かう。何周も重ねて歩く人が、昔から大勢います。
順番も、区切り方も自由
回る順番に決まりはなく、どの札所から始めてもかまいません。案内の本や道しるべは1番から88番へ向かうものが多いものの、都合のつくときに回れる札所から、県ごとに、半分ずつと、分け方は人それぞれです。回り方には、それぞれ呼び名があります。
- 発願
- 巡礼を思い立ち、最初の札所に参ること。番号順に回るなら、第1番 霊山寺が「発願の寺」
- 区切り打ち
- 日や年を分けて、何回かで巡り終える
- 一国参り
- 阿波・土佐・伊予・讃岐を、国ひとつずつ巡る
- 逆打ち
- 88番から1番へ、番号と逆向きに巡る。閏年に逆打ちすると弘法大師に会えるという言い伝えがあります
- 乱れ打ち
- 番号の順にこだわらずに巡る
- 結願
- 88か所を参り終えること。番号順に回るなら、第88番 大窪寺が「結願の霊場」
大窪寺の大師堂の脇には寶杖堂(ほうじょうどう)があり、長い道のりを支えた金剛杖などがここに奉納されます。札所の納経に日付を書き入れないのは、何周も重ねてお参りする人が昔から多いためだと、霊場会は説明しています。霊場会が公認する先達には4回以上巡った人が申請できます。公認先達は、25周すると銀、50周すると金の納札を申し込め、霊場会の審査を経て使えるようになります。
一覧は番号順のまま、4つの道場(阿波・土佐・伊予・讃岐)で区切っています。
























































































