品格・歴史・個性で選ばれた百座
深田久弥は1959年から4年あまり、雑誌『山と高原』に毎月2座ずつ山の文章を書き継ぎました。連載は50回。初回に取り上げたのは鳥海山と男体山、最後の回は筑波山と富士山です。この連載をもとに手を入れ、1964年に一冊にまとめました。
基準は山の品格・歴史・個性の三つ。高さは原則1500m以上としましたが、それに届かない山も5座入っています。なかでも877mの筑波山と924mの開聞岳は、1000mにも満たない山です。もう一つ動かさなかった条件が、自分で頂上に立った山であることでした。北海道ではニペソツ山や石狩岳も候補に考えながら、登っていないために入れていません。のちにその姿を見たニペソツ山には、入れられず申し訳なかったと随筆に書き残しています。
百座は全国に均等ではありません。日本アルプスの山が28座を占める一方、中国地方はなだらかな山が多くて物足りなかったようで、大山の1座だけ。四国の石鎚山と剣山は迷わずに選んだといいます。西日本を中心に16の府県には、百名山が一つもありません。
百座は、一人の登山家が自分の足で確かめた山の一覧です。
刊行のあと、百名山を一座ずつ登って数える楽しみ方が広まり、2012年には NHK の番組『にっぽん百名山』も始まりました。もっとも深田自身は、気心の知れた仲間と人の少ない山へ入るのを好み、百名山を目当てに人が集まる風潮には戸惑っていたといいます。新潮文庫版で解説を書いた串田孫一は、この本を、読者が自分の百名山を選ぶときの下敷きにもできる、と書いています。
一覧は本の番号順のまま、9つの山域に分けています。番号はおおむね北から南へ進みます。




































































































