アプリについて

現存12天守 一覧

12城国宝 5城重要文化財 7城

江戸時代から伝わる天守は、いま全国に12。1945年の戦災の前には、まだ20ありました。

現存天守と呼ばれるのは、江戸時代かそれ以前に建てられ、いまに伝わる天守です。北は青森県の弘前城から南は愛媛県の宇和島城まで、11県に12。姫路城・松本城・犬山城・彦根城・松江城の5つが国宝、ほかの7つが重要文化財です。のちの時代に建て直された復元天守や復興天守は、この12に入りません。

12城にはどれも、日本100名城の公式スタンプがあります。設置場所と時間は変わることがあるので、最新は日本城郭協会の案内で確かめてください。

天守を訪ねた日を、スタンプと一緒に

TabiQuest は、訪ねた場所でスタンプを押して旅を残すアプリです。現存天守のある城でスタンプを押すと、その日付とともにアプリの「現存12天守」にひとつずつそろっていきます。12城はどれも日本100名城にも入っているので、同じスタンプが「日本100名城」の一つにも数えられます。

アプリで天守の記録をはじめる

地方から探す

  1. 一東北・中部1〜44城
  2. 二近畿5〜62城
  3. 三中国7〜82城
  4. 四四国9〜124城
一一 東北・中部(1〜4)二二 近畿(5〜6)三三 中国(7〜8)四四 四国(9〜12)
丸の漢数字は目次と同じ地方です。
一

東北・中部

1〜4・4城。北の端は青森県の弘前城。松本城は、12のうちただ一つ平城に建つ天守です。

番号写真城県天守・指定・城の種類・備考公開の旅
1弘前城(ひろさきじょう)青森県弘前市天守 3重3階重要文化財平山城別名 鷹岡城日本100名城 4番
2松本城(まつもとじょう)長野県松本市天守 5重6階国宝平城別名 深志城(ふかしじょう)日本100名城 29番
3丸岡城(まるおかじょう)福井県坂井市天守 2重3階重要文化財平山城別名 霞ヶ城日本100名城 36番
4犬山城(いぬやまじょう)愛知県犬山市天守 3重4階・地下2階国宝平山城別名 白帝城日本100名城 43番
地方の目次へ
二

近畿

5〜6・2城。彦根城と姫路城。どちらも天守が国宝で、姫路城は1993年に世界遺産にもなりました。

番号写真城県天守・指定・城の種類・備考公開の旅
5彦根城(ひこねじょう)滋賀県彦根市天守 3重3階国宝平山城別名 金亀城(こんきじょう)日本100名城 50番
6姫路城(ひめじじょう)兵庫県姫路市天守 5重6階・地下1階国宝平山城別名 白鷺城(はくろじょう)日本100名城 59番世界遺産「姫路城」
地方の目次へ
三

中国

7〜8・2城。松江城は2015年に国宝に。備中松山城は、12のうちただ一つの山城です。

番号写真城県天守・指定・城の種類・備考公開の旅
7松江城(まつえじょう)島根県松江市天守 4重5階・地下1階国宝平山城別名 千鳥城日本100名城 64番旅の記録 1件 ›
8備中松山城(びっちゅうまつやまじょう)岡山県高梁市天守 2重2階重要文化財山城日本100名城 68番
地方の目次へ
四

四国

9〜12・4城。宇和島城は、12のなかでいちばん南の天守です。

番号写真城県天守・指定・城の種類・備考公開の旅
9丸亀城(まるがめじょう)香川県丸亀市天守 3重3階重要文化財平山城別名 亀山城日本100名城 78番
10松山城(まつやまじょう)愛媛県松山市天守 3重3階・地下1階重要文化財平山城別名 金亀城(きんきじょう)日本100名城 81番
11宇和島城(うわじまじょう)愛媛県宇和島市天守 3重3階重要文化財平山城別名 鶴島城日本100名城 83番
12高知城(こうちじょう)高知県高知市天守 4重5階重要文化財平山城別名 鷹城日本100名城 84番
地方の目次へ

20の天守が、12になるまで

城づくりは関ヶ原の戦い(1600年)の前後にもっとも盛んになり、各地に城の象徴として天守が建てられました。その数を大きく減らしたのが、1615年の一国一城令、1873年の廃城令、そして1945年の空襲です。

空襲の前に残っていた20の天守のうち、名古屋城・岡山城・和歌山城・大垣城・水戸城・広島城・福山城の7つが1945年に失われました(広島城は空襲ではなく、原爆の爆風で倒れています)。1949年には松前城の天守も火事で焼けました。残ったのが、この一覧の12です。

天守がいつ建ったかは、いまも調べ続けられています。

残った天守も、ずっと同じ姿で立ち続けてきたわけではありません。丸岡城の天守は1948年の福井地震で倒れ、もとの部材を組み直して1955年に建て直されました。松江城では明治8年(1875年)に御殿や櫓が払い下げられ、城の建物で残ったのは天守だけです。その天守が慶長16年(1611年)に出来上がったことは、行方の分からなかった2枚の祈祷札があらためて見つかり、確かめられています。天守は2015年、この祈祷札とともに国宝に指定されています。

天守がいつ建ったかは、資料によって答えが違うことがあります。松本城の天守は、文化庁のデータベースの中でも、年代の欄は元和の初め(1615年ごろ)、解説は1594〜99年の造営と、2つの見方が並んでいます。松本市は1593〜94年に建てられた可能性が高いとし、年輪年代法による測定などでさらに調べる試みも進めています。

12の天守は、大きさも立つ場所もさまざまです。外から見て5重の姫路城と松本城もあれば、2重2階の備中松山城もあります。一覧は日本100名城の番号の順に並べ、地方ごとに区切りました。

表の見方

重と階
「重」は外から見た屋根の重なり、「階」は中の床の数。文化庁の記録の数え方です
平山城
ひらやまじろ。平地に面した丘に築いた城
平城
ひらじろ。平地に築いた城
山城
やまじろ。山の上に築いた城。3つの区別は、はっきり線を引けるものではありません

ほかの一覧

百名山・名城・札所・世界遺産の一覧へ

出典と注記

  1. 番号と城名: Wikipedia「現存天守」(2026-09-24 取得)。番号は TabiQuest の付番で、日本100名城の番号の順です。
  2. よみ・所在地・天守の重と階・国宝か重要文化財か・国宝の指定年: 文化庁「国指定文化財等データベース」の各天守のページ(2026-09-25 取得)の「ふりがな」「所在地」「構造及び形式等」「国宝・重文区分」「国宝指定年月日」。重と階は城の案内と数え方が違うことがあります(高知城は日本城郭協会の一覧では四重六階)。天守の建った年は資料によって違うため、表には載せていません。
  3. 城の種類・別名・日本100名城の番号: 日本城郭協会の「日本100名城」の一覧表(2026-09-25 取得)。松山城の別名「金亀城」のよみ(きんきじょう)は協会の一覧表に無いため、Wikipedia「松山城 (伊予国)」によります(彦根城の金亀城は「こんきじょう」)。県の数と城の種類の内訳は、協会の一覧表の所在地と城地種類から数えたものです。いちばん南の天守は、このページの地図の座標(TabiQuest の場所のデータ)で比べ、Wikipedia「現存天守」の記述(日本最南の現存天守)とも合うことを確かめました。
  4. 天守が減った経緯: 松江城公式サイト(一国一城令・廃城令・空襲)、Wikipedia「現存天守」(1940年代の20城・1945年に失われた7城と1949年の松前城・丸岡城の倒壊と再建・姫路城と備中松山城と松本城の特徴)、Wikipedia「広島城」(天守は原爆で倒壊)。松江城の払い下げと祈祷札: 文化庁「国指定文化財等データベース」の松江城天守の解説。松本城の建った年: 文化庁のデータベースと松本城公式サイト「天守築造年代」。
  5. 表の見方(平山城・平城・山城): Wikipedia「日本の城」(江戸時代の軍学者による地勢の分け方)。城ごとの区分は日本城郭協会の一覧によります。
  6. Wikipedia の記事は CC BY-SA 4.0 で公開されています。このページで記事から使ったのは番号・城名と事実だけで、文章は TabiQuest が書き起こしました(記事の文章は転載していません)。
  7. 地方の区切りは TabiQuest の編集で、公式の区分ではありません。番号の順を崩さないように区切っています。
  8. 地図の輪郭: Natural Earth をもとに簡略化。表紙の絵: TabiQuest の木版画。

写真

Wikimedia Commons の写真を、作者とライセンスを1枚ずつ確かめて使っています(縮小・切り抜きをしています)。作者名から写真のページへ移れます。

どの天守を、いつ訪ねたか。スタンプと日付で残ります。

アプリで記録をはじめる